●仙台城の面影に伊達政宗の掲げた理想が重なる
仙台城址(仙台市)
(平成14年2月)
伊達62万石の居城仙台城(青葉城)。
東は断崖と広瀬川、南は竜ノ口峡谷、西は原生林という、青葉山の地形に着目して政宗が築き上げた、 まさに天然の要塞でした。 残念ながら、今では当時を偲ぶ物は残っていません。
それでも、青葉城資料展示館では、コンピューターグラフィックスで青葉城を復元。 勇壮で堅固な城郭や、城内の華麗な障壁画、欄間の彫刻などを映像で実感することができます。
また、政宗の騎馬像の前に立てば、政宗の時代から目覚ましい発展を遂げてきた仙台市街を一望することができます。 眺めのよい青葉山公園を散策すると、仙台ゆかりの土井晩翠や島崎藤村の文学碑も。
<青葉城資料展示館>
住所/仙台市青葉区天守台青葉城址
TEL022−227−7077
開館時間/9:00〜17:00(12月〜4月上旬 〜16:00)
※無休
入館料/一般700円、中・高校生500円、小学生300円
※団体割引有り(20名以上)。
交通/JR仙台駅から仙台市営バス青葉城址循環で20分、青葉城址前下車、徒歩2分
クルマ/仙台駅前から西へ約3km、東北自動車道宮城ICより約6km
駐車場/150台
<仙台城の構成>
- 本丸、二の丸、三の丸を総称して「仙台城」(正式名称)という。通称「青葉城」。
- 本丸/伊達政宗築城。慶長5年(1600)縄張り。
青葉城資料展示館のある場所一帯が本丸のあったところ。
明治政府の出した廃城令により明治5〜8年の間にすべて取り壊される。
- 二の丸/寛永15年(1638)、二代藩主伊達忠宗造営開始。
造営後、明治維新までずっと仙台藩の政治の中心だった。
明治15年(1882)火災ですべて焼失。
現在は東北大学川内キャンパスのある場所。
- 三の丸/政宗時代には庭園付きの茶室があった。
二代藩主忠宗二の丸造営の頃「米蔵(蔵屋敷)」になり、「三の丸」といわれる。
現在の仙台市博物館のある場所。
戦後まで三の丸の巽門(たつみもん)がのこっていたが、アメリカ駐留軍により壊され、
仙台城関係施設はここにすべて消滅した。
<仙台城の選定理由>
- 地域/岩出山は中央から遠く、
また豊臣秀吉により領地没収となった後に一揆をおこし政宗に徹底鎮圧された葛西・大崎氏の要所であった。
比べて仙台は、古くから街道(奥州街道)が走り、海にも近く、東に平野がひらけ将来の発展が期待できる土地だった。
- 地形/標高131.6m。東は広瀬川に落ちる64mの断崖、南は80mの深さの竜ノ口峡谷が固める。
よって天然の要害。