• 文字サイズ
  • 拡大
  • 標準

宮城まるごと探訪

宮城の魅力がギッシリ!宮城の総合観光情報サイト

みやぎの明治村を3時間じっくりと観光!魅力と楽しみ方を歴史の背景と合わせて紹介

最終更新日:2023/08/28

季節
1月/2月/3月/4月/5月/6月/7月/8月/9月/10月/11月/12月
市町村
県北エリア-登米市
目的
歴史・文化-名所、旧跡 博物・資料・美術館/食・土産-郷土・名物料理

宮城県登米市登米町(とめしとよままち)にある、みやぎの明治村。

 

明治時代の建物がずらりと並ぶ観光スポットです。

 

今回はみやぎの明治村の歴史を感じながらぶらりと歩いていきます。

 

今回は半径400メートル以内のところを1.6キロメートルほどを歩きました。

 

流れとしては

上記の順番で観光しました。掛かった時間は約3時間です。

 

 


 

 

では早速行ってみましょう!

まずは北上川を目指すために武家屋敷通りをまっすぐ歩き、突き当りを左に曲がっていきます。

すると土手に到着するので、そこから北上川を見ることができます。

 

登米神社

 

途中には登米神社が。神社巡りが好きな方は立ち寄ってみるものいいですね!

 

 

登米町は町の中央を大河川北上川が流れ、明治時代には船着き場として様々な穀物などの集散地として栄えていたようです。

 

栄えているということは人が集まるということでもあるので、治安が悪くなるというデメリットを抱えていたわけです。

 

例えば

・検査済みの印のない船などで商売を行う者

・川へ土やゴミなどを投げ捨てる者

・願い出をせずに屋台や小屋などを建てる者

 などなど。

 


 

 

そういった怪しい人間を見張るため、治安を維持するために

 

警察資料館

 

旧登米警察署庁舎(現警察資料館)が活躍しました。

写真を撮影した北上川から徒歩3分程で到着。

警察資料館は明治20年(1887)に佐沼警察署登米分署から登米警察署に昇格したのに伴い、庁舎新築に着工し翌明治22年に完成したそうです。

 

 

一部のガラスは当時のままのガラスが使われているとのこと。

 

個人的にびっくりしたのが

 

 

階段のすり減りです。

階段の真ん中がぱっと見でわかりますよね。

これはなぜかというと、当時の革靴の底に滑り止め鋲がうってあり、土足で上り下りしていたからだそうです。

 

 

二階にあがり、バルコニーからの写真を。

こちらのバルコニーは遠見台とも呼ばれており、船着き場や繁華街を見ることができたそうです。

当時は2階建ての建造物が旧登米警察署庁舎(現警察資料館)ぐらいで、バルコニーから北上川を見ることができたそうです。

今ではここから北上川をみることはできません。時の流れを痛感しますね。

 

 

警察資料館では上記のようなパトカーや白バイも展示されていました。

明治の留置所や、取調室も復元されており、見どころがたくさんありました。

 


 

 

それでは次に水沢県庁記念館に向かっていきます。

 

水沢県庁記念館

 

 

 

宮城県の北部と岩手県の南部を管轄する地域を「登米県」と称した明治4年に登米県庁舎が設置されることになり、明治5年水沢県庁舎として落成し明治8年まで使用された建物だそうです。

 

明治21年までは小学校として使用され、旧登米高等尋常小学校完成後は、昭和33年まで裁判所として使用されるなど様々な用途で使用されたとのことです。

 

建物内には当時の歴史資料や、【登米】と書いてなぜ【とめ】【とよま】と読み方が違うのかなどの背景を紹介している資料などがありました。

 

 

当時の裁判所なども再現されています。ここで疑似裁判ゲームしてみたいなと不謹慎ながら思いました。

 

明治20年までは登米は石巻裁判所の管轄だったのですが石巻まで30kmほど距離があるということで、そんな遠いところを往復するのはきついと。

なんとか登米に裁判所を設置してほしいと石巻治安裁判所に交渉し明治22年に晴れてこちらで裁判所が設置されたという背景があります。

 

ここまでで1時間半ほどの時間が経過しました。

 


 

 

少し歩き疲れたので、武家屋敷「春蘭亭」というカフェで水分補給をしていきます。

 

春蘭亭は登米伊達初代藩主の相模宗直公が慶長9年(1604)に、岩手県水沢城から登米に移る際、共に移住した鈴木家の屋敷だそうです。

 

春蘭亭

 

 

 

落ち着きのある空間で登米市産のりんごジュースと和菓子をいただきました。

 


 

 

体力が回復したところで、教育資料館へ向かっていきます。

 

教育資料館

 

現教育資料館は明治21年に建てられ、その後登米高等尋常小学校として86年間も校舎として使用されました。

 

この校舎を設計した方は【山添喜三郎】という方で、なんと旧登米警察署庁舎(現警察資料館)も設計されたとのこと。

 

山添喜三郎にはこんなエピソードがあります。

以下引用文

  • ・屋根に使う瓦は一枚一枚重さを計り、これを一夜水に漬けて翌日また重さを計って吸水量を調べ一定以上の量目の瓦はすべて不合格品として使わなかったといわれ、そのため納入する瓦屋は次々と倒産したらしい。
  • ・工事は洋風建築様式が多く、工法に慣れていない大工の苦労も並大抵ではなかった。そのため予想以上に手間ひまがかかり、工事請負をした大工棟梁は家財を売り払っても借財が残り、ついに夜逃げ同様にこの地を去らなければならなかったという。
  • ・工事の厳しさから山添喜三郎に恨みを抱く者もおり、検査のため山添が屋根に登ったところ梯子を外されて昼食のときも夕方になっても下に降りられなくされたとか…。恨みを抱く業者からは、あるとき川の中や堀の中に人力車ごと放り込まれたことがあるなど…。

 

  引用元:https://toyoma.co.jp/facilities-kyoiku/

 

良く言えば妥協をしない頑固な職人、悪く言えば現代で言うブラック上司ですね。今の時代でやってしまったら慰謝料と賠償額が半端じゃないことになると思います。

 

梯子を外されたエピソードを明治村の職員さんから聞いて、どんだけ嫌われてるんだよと笑ってしまいました。

 

しかし妥協をしない事によって、現代まで素晴らしい建造物が残っているという事実があるので、感謝しないといけないですね。

 

それでは教育資料館の中に入っていきます。

 

 

 

当時を生きていないのになぜか感じる懐かしさ。教育資料館内には各時代の教科書や教材、器具、様々な著名人の展示品などがあります。

 

 

受付の近くの部屋では、登米町の紹介映像を見ることができます。

内容を言ってしまうと教育資料館に来る楽しみが1つ減ってしまうので言いませんが、個人的にはこの映像を見てから明治村をまわるとまた違った視点で楽しめるのではないかと思います。

 

 

 

再現教室や、給食の歴史など、当時はこんな感じだったのかと考えながら楽しんでいたらなんと教育資料館だけで1時間ほど滞在していました。

 

個人的になぜか

 

 

時鐘に心を奪われてしまって鳴らしたい欲を抑えながら写真を撮りました。

歩いていて景色がモノクロに感じてしまうような不思議な感覚がありました。私は時鐘でしたが、きっと心奪われるものがあると思います。

 

ということで、3時間におよんだ私のみやぎ明治村ぶらり観光は終了です!

 


 

 

30分ほど徒歩移動時間だったので、もし歩くのが疲れてしまうという方は

 

 

警察資料館にも駐車場がありましたので、そちらをうまく利用するといいと思います。

 


 

 

また昼食は

車で10分ほどのところに

 

 

とりめし 菅原屋

 

登米市名物のとりめしが食べられる菅原屋があります。

 


 

教育資料館に隣接する観光物産センター遠山之里では

 

観光物産センター遠山之里

 

 

登米市登米のお土産や、郷土料理を食べることができる蔵.ら〜という飲食店が併設されており、観光だけでなく食でも登米を感じることができます。こちらは菅原屋と姉妹店になりますので、こちらでもとりめしをいただくことが可能です。

 

■基本情報

みやぎの明治村

アクセス:三陸自動車道登米ICから車で5分/JR仙台駅から高速バスとよま行きで1時間30分

駐車場:あり(無料)

公式HP:こちら  

各料金、開館閉館時間について:こちら

 

 

 

この記事のライター

 

ニックネーム/ささキジ

【大人に夢と遊び心を思い出させる】を信条に宮城県のスポットやお店を紹介する記事を独自の視点で書いています。 

 

 

 

 

 

 

メモ
Google mapの位置は観光物産センター遠山之里です。
住所
宮城県登米市登米町寺池桜小路2−1
アクセス数
3632
  • 公式情報提供者
  • 情報提供者:宮城県観光連盟
  • Facebook
  • Instagram
  • Youtube

PAGE TOP

運営者 公益社団法人 宮城県観光連盟